ポスト・コロナの参考になる、日本唯一のチベット医からの言葉

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「森のくすり塾」ライフスタイル
※この記事は約 4 分で読めます。

あっという間に世界中に広がり、多くの感染者と死者を出している新型コロナウイルス。

日本においても刻々と状況が変わり、長期にわたってウイルスと向き合わざるを得ないことが予想される状況になりつつあります。

未来の不確実さが浮き彫りになった今、ポスト・コロナの生き方に関心が高まっています。これからの暮らし方を考えるヒントになりそうなお話を、日本人唯一のチベット医である小川康さんにうかがいました。

小川康小川康(おがわやすし)
1970年富山県出身。薬剤師。東北大学薬学部卒業。2001年にインド・ダラムサラにあるメンツィカン(チベット医学暦法学大学)に合格し、2009年チベット医(アムチ)となり帰国。長野県上田市に「森のくすり塾」を設立。2013年に早稲田大学の国際教育学修士課程に進学、2015年卒業。
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1.チベット医学は神秘の医学?

チベット/pixabay

「チベット医学」という言葉を聞いたことはありますか? その名の通り、チベット社会が伝統的に受け継いでいる医学のことです。

チベット仏教に根差し、8世紀にユトク・ユンテン・ゴンポが編纂した『四部医典』をただひとつの教典とする医学。チベット医は「アムチ」と呼ばれ、脈診・尿診、そして薬草学が発達しているのが特徴です。

日本人初にして唯一、チベット医学の医学校「メンツィカン(医学暦法学研究所)」を卒業してチベット医になった方がいます。長野県上田市で「森のくすり塾」を主宰する小川康さんです。

「今の日本でチベット医学と呼ばれるものは、1990年代から2000年代にかけてアメリカから入ってきたイメージで定着しています。そもそもは1960年代以降のヒッピー文化やニューエイジブームが発端ですね」

と小川さんが言うように、スピリチュアルブームや健康ブームもあいまって、日本では代替医療的な位置づけになっています。日本への入り方やイメージのつくられ方はヨガとよく似ていると感じました。

チベット本土は現在中国の支配下にあり、国家がない状態です。インド各地にチベット難民のコミュニティがあり、小川さんが学んだインドのダラムサラもそうでした。本土だけでなく、難民キャンプでもチベット医学を守り育てているのです。

「国家という後ろ盾がないからこそ、社会の中で医学として認められるように『自分たちの手で育てる』という意識が強いですね。目に見える努力をすることで社会に受け入れられている医学なので、スピリチュアルや神秘といったイメージは現地ではほとんどありません」

チベットは仏教社会で、社会の枠組みがまったく違います。異文化の人間から見ると珍しかったり不思議に見えたりすることも、チベット社会の枠組みの中でアカデミックに積み上げられてきたもので、神秘ではないというわけです。

2.日本人唯一のチベット医・小川康さん

小川康

2-1.薬剤師になって職を転々とする

小川さんは富山県の兼業農家出身です。

農作業を手伝った記憶はほとんどないものの、学校から帰ると田んぼの畔にゴザをひいて大好きなマンガを読みふけって、祖父母が農作業を終えるのを待っていました。

「大人になってから好きな場所について聞かれたとき、とっさに出てきたのは『稲刈りの終わったあとの田んぼ』でした」

雪の降る寒い富山の冬も半袖半ズボンで学校に通って話題になる少年時代を送り、大学時代は「知識は何の役に立つのか」と思い悩む青年でした。

東北大学薬学部を卒業して薬剤師になったものの、製薬会社への就職や大学院への進学といった“既定路線”よりも「ワクワクすることをやって生きていこう」と決意します。

そして、北海道の農業高校講師、佐渡島の山村留学施設の指導員、長野県の薬草を扱う会社勤務、新規就農して薬草栽培を手がけるなど、さまざまな土地でいろんな職業を体験していきました。

今後どうするかを思案していたときに、以前たまたま手に取った『チベット医学入門』という本の内容をふと思い出します。チベットでは実践的な薬草学が発達していて、しかも日本人で学んだことのある人は誰もいない――この2つの“ワクワク”が小川さんの心を動かしました。そして、メンツィカンがあるインドのダラムサラに行ってみようと思い立ったのです。

2-2.10年かけてチベット医になる

29歳でインドに渡った小川さんは、たまたま乗り合わせたバスでチベット医に出会ったことで道が開けます。

「チベットに強い興味があったわけでも、チベット語を話せたわけでもありません。子ども向けの教科書でチベット語を学ぶところからはじめました」

ゼロからのスタートで十倍近い倍率の入学試験を乗り越えた小川さんは、2001~2007年の間、20代のチベット人同期たちと寝食を共にしながらチベット医学を学びます。ヒマラヤの高地という過酷な環境で、命がけで薬草を採取する実習も体験。途中、異文化での生活に参ってしまって休学して帰国するスランプも経験しました。

最後は『四部医典』まるまる1冊を4時間半かけて暗誦する試験をやり通し、1年間のインターン生活を経て、晴れてチベット医として認められたのです。

3.今の時代が失ったものをひろい集める

「森のくすり塾」

3-1.チベット医学の型を実践する

現在の小川さんは、長野県上田市で地元の大工さんとともに建てた薬房「森のくすり塾」を営んでいます。薬房のそばには畑があり、まさに晴耕雨読の暮らしです。

日本ではチベット薬は販売できず、チベット医として診察・治療行為などを積極的に行うことはしていません。第三者からするとせっかくの修業がもったいなく感じてしまうところですが、小川さんは今の生活こそがチベット医学の型の実践だと考えているようです。

ダラムサラで世襲アムチの家に生まれた友人の実家を訪れたときに、チベット医学の型を実践する光景を目の当たりにします。訪れたのは農繁期で、普段はアムチである友人の父親も農作業に忙しくしていました。畑を耕し、薬草を摘み、教典を暗誦し、五感を使って診療する――。

「これこそ自分が理想とする姿だと感じました。チベットに渡る前に薬草栽培を手掛けていたのも、土と汗のにおいがするような大地に根差した薬剤師になりたいという思いがあったからです」

3-2.対話もチベット医学実践のカギ

さらに小川さんは、講演会で全国各地へ出かけてもいます。野草茶をつくったり紫雲膏やキハダ軟膏をつくったりといったワークショップは、薬剤師でありチベットでたくさんの薬草に繰り返し触れてきた小川さんならではの取り組みです。

薬房は、“信州の鎌倉”と呼ばれる別所温泉のさらに奥に位置する野倉という集落にあります。地元の人だけでなく、遠方からも著名な学者や作家をはじめ、さまざまなお客さんが訪ねてくるとか。お客さんは何時間も滞在して、小川さんとさまざまなテーマでおしゃべりを楽しみます。

小川さんが「チベット医学は、大自然と、薬草と、おしゃべりなアムチ(僕)、そしてお客さん(患者)さえいれば成立する医学」と言う通りの世界が、小川さんのいる場には展開されているのです。

4.そもそも医学とはなにか?

「森のくすり塾」

4-1.感染症は現代医学の得意分野のひとつ

取材の依頼をした時点で、「新型コロナウイルスに関連して取材依頼がぽつぽつあるんです」と小川さんが打ち明けてくれました。未知のウイルスに対して、現代医学とは異なる医学ならではのアプローチはないかと考える人はそれなりにいるようです。

小川さんは、そんな“期待”を見越して「歴史を見れば明らかですが、感染症に対しては現代医学が一番ですよ」と話してくれました。

「人類は過去に何度も大規模な伝染病に襲われました。細菌やウイルスの存在を知らず抗生物質もない時代の感染症に、当時の医学ができたことはほとんどありません。歴史の長いチベット医学を有するチベットでも、ペストや天然痘、スペイン風邪で大勢の人が命を落としています」

4-2.医学の原点

小川さんは「医学に民族性はありません」と言います。

「医学はもともとローカルなもので、世界各地で自然発生的に生まれてきました。病気やケガで苦しんでいる人を何とかしたいという気持ちは人類共通のもので、それに対応するものとして医学は生まれ発展してきたのです」

小川さんは「目の前で苦しむ人を何とかしたい」「苦しいから何かにすがりたい」というのが医学ではないかといいます。この原初的かつ素朴な感覚は、多くの人に覚えがあるものではないでしょうか。

「今、世界中の多くの人が当たり前のものとしてとらえている価値観や社会の仕組みはあくまで近代的な枠組みです。そもそも、“健康”自体が近代的な概念なんですよ。その近代的な枠組みで前近代的な伝統医学を語ろうとすると、なかなか届かない。だから、前近代的な暮らしをすることが、チベット医学を語る自分にふさわしい生き方かなと思っています」

5.今はチャンスの時

 

「森のくすり塾」周辺

小川さんは「チベット医学における健康法とは?」とよく尋ねられるそうです。

「確かにチベット医学の病院には200種類以上の丸薬やさまざまな施術がありますが、日本人にとって一番大切な療法は『友人とおしゃべりを楽しみ、木陰でのんびりと過ごし、散歩をすること』じゃないかと僕は思います。これは一般論ではなくて、『四部医典』の根本部第5章に実際に書かれていることです」

新型コロナウイルスの影響が日に日に深刻さを増す中、小川さんの暮らしはほとんど変わりません。

暮らしが簡単に崩壊しない秘訣はごくシンプルで、自然の中で五感を使って生きるという、人類が遠い昔から繰り返してきた営みを実践しているから。『四部医典』に記されている「長寿を獲得するには、清潔で人里離れた場所で暮らしなさい(釈義相伝第23章)」の通りの暮らしなのです。

心身ともに健康的な生活の心得は、チベット医学においても現代日本においても大差ありません。食事と運動というダイエットの王道が地味すぎて話題にならないのと同じで、拍子抜けしてしまいそうなほどです。

みんながみんな小川さんのような暮らしができるわけではないけれど、私たちの暮らしを見つめなおすヒントを見出すことはできそうです。

たとえば、大都会で生活していても、自分のテリトリーである自宅を清潔で心落ち着く場にすることはできます。大自然の中で生活できなくても、家に花や緑を置いたり、なるべく緑の多い場所に散歩に出かけたりすることは不可能ではありません。

むしろ、stay homeが合言葉の今なら、いつもより低いハードルでトライできそうです。そういう意味では私たちにとって、まさにチャンスの時なのかもしれません。

6.まとめ

人口密度の高い都市で、生活を支えるインフラをすべて外注する一見便利な生活の弱さが今、露呈しています。今までの常識や考え方が通用しなくなる大きな変化も遠くない将来、現実のものとなりそうな予感が。

生活を変えることは簡単ではなく、大きなストレスを伴います。しかし今までの暮らしが世界レベルで急減速している今だからこそ、立ち止まってじっくり考える貴重なチャンスへと変えてゆくことも可能です。

温故知新ではないけれど、古くからの営みの中にも新しい時代を生きるヒントは隠されている――小川さんの話を聞いて、そう感じました。

※参考資料
・『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』小川康(径書房)
・『たいまつ通信90号』(禅林舎)
・森のくすり塾ホームページ http://morinokusurijyuku.net/index.html
・論文「チベット医学的医療行為について」(「森のくすり塾」ブログ内に掲載)
・ブログ「チベット医・アムチ小川の『ヒマラヤの宝探し』」(風の旅行社)

DATA
薬房 森のくすり塾
長野県上田市野倉841
営業日はFacebookページ「森のくすり塾」でご確認ください

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この記事を書いた人
くりもときょうこ

総合出版社で14年間編集経験あり。青年誌、女性誌、男性週刊誌、児童書と脈絡のないキャリアのおかげで、インタビュー、企業取材、ライフスタイル、旅、食、カルチャー、医療等幅広い雑食系編集・ライターに。長野県の村在住。

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