『池田学展 The Pen -凝縮の宇宙-』の楽しみ方を観る前にチェック!

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カルチャー
池田学「誕生」photography by Eric Tadsen for Chazen Museum of Art ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery
※この記事は約 9 分で読めます。

何も知らずに訪れたら、まずそこに描かれている世界の緻密さに圧倒される池田学作品。

でも、それは難しいものではなく、どこかユニークで、ポップでもあり、また懐かしさも感じます。

池田学の作品を更に楽しむため、作品の特徴と『池田学展 The Pen -凝縮の宇宙-』レポートをご紹介します。

※代表作『誕生』の2018年公開情報はこちら!

※池田学《誕生》(部分)photography by Eric Tadsen for Chazen Museum of Art ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

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1. 池田学作品の特徴

1-1. 道具

池田学

Photo by Clayton Adams ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery


池田学さんの作品は、漫画製作などでも使われる丸ペンを使い、アクリル樹脂製の顔料インクでフランス製の水彩紙(アルシュ)に描かれています。

ペンにインクを付けて描くため、どんな大きな絵であっても壁などに立てかけて描くことができず、部分に分けてテーブルなどの平らな場所に置いて描かなければならなりません。

細かい技法に加えて、このような制作状態も、作品に時間がかかる理由となっています。

1-2. 構図

池田さんによれば、小さい絵は構図を決めてから描きますが、大きい絵は構図は決めずに、漠然としたイメージで部分を描くことからはじめるそうです。

そこから池田さんが日々体験すること、世の中のニュースなどから受けた影響をイメージに取り込んで、さまざまなモチーフを描いていきます。池田学さんはその描き方を「積み木を積むよう」と言います。アイデアが変われば、それに応じて変化させていくのです。

そうやって展開しながら、最終的に全体像やテーマが見えてきて構図が決まり、後半はそれに従って描きます。

緻密な作品でありながら、池田さんが一番大切にしているのは、作品を俯瞰で観た全体像とのこと。
さまざまな角度から全体を観て、近づいて一つ一つの微細なモチーフを味わう、というのが池田学作品の楽しみ方といえそうです。

1-3. 作品のタイトル

作品のタイトルは最後に決めることが多く、観る人の捉え方を限定したくないという思いがあるので、できるだけイメージが限定されない言葉を選ぶそうです。

1-4. 白のモチーフ

池田学「誕生」(部分)

池田さんの作品で特徴的な、各所に現れる白いモチーフ。鳥、動物、兵隊、飛行機、『誕生』ではラクダなど。よく見るとそれらは白いインクを使うのではなく、白抜き、つまりそこだけペンを入れず、地の紙の色をそのまま出しています。

白を乗せることで厚みが出てしまう部分を、逆に抜くことによって、窓のようでもあり、また奥行きを感じさせるような、池田作品の独特の味わいのひとつになっています。

1-5. サイン

池田学作品のサインは、絵の中に隠されていることが多いです。
池田さん曰く、「隠すと言うより、細かい絵だから中に入れた方が楽しいと思いました。もともと細かく、いろいろなモチーフを探す絵なので、サインも探して楽しんで欲しいです」

 

2. 「池田学展」レポート:大作「誕生」逸話と作家の素顔

2-1. 2017年1月28日ギャラリートーク

池田学

photo by Clayton Adams, ©IKEDA Manabu

佐賀県立美術館にて開催された、池田学氏によるギャラリートークに参加しました。

当日は、1時間以上前から入場に列が出来る盛況ぶりで、満員になった会場に、池田さんご本人がびっくりされていたのが印象的でした。

私はこの日は2度目の鑑賞となったのですが、はじめて来たときから、年齢層の広さや観客の熱心さに驚かされる展覧会です。

非常に緻密な絵なので、虫眼鏡を持って観ている人もいれば、絵について話し合いながら観ている女性グループ。一枚の絵を何十分も眺める人など、どの作品も“食いつき”がスゴイです。

実際に作品を観てみると、それも納得。細密がだけにどの絵も情報量がハンパなく、見飽きることがありません。

池田展会場時間がかかるときは、一日にこぶし一個分ぐらいしか描けないと聞きましたが、そのこぶし一個分にひとつのシーンがあって、それぞれが別のストーリーを想像させます。一枚の絵の中にいろいろな世界が広がったり、またさまざまなモチーフをが見つかったりと、一日中観ていられそうです。

その半面、池田学さんが「一番大事にしているのは俯瞰での見え方(全体像)」と語っているだけに、全体を眺めるだけでも、それぞれの絵の空気感を楽しめます。

ギャラリートークでは、代表作ともいうべき「興亡史」と「誕生」の2作について語られました。

2-2. 「興亡史」

池田学「興亡史」

池田学《興亡史》 ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

2006年に、東京の6畳のアパートで描いた、はじめて日本をテーマにした作品で、人間同志の興亡だけでなく、文明が榮えると自然が滅び、また自然の脅威で文明が滅びるという二つの意味があります。

全体の構図には、趣味のロッククライミングで体験した、そそり立つ岩肌のイメージが使われています。

細部のシーンにつながりがあるというより、日々の生活の中でニュースであったり、祖母の葬式のような個人的な出来事を盛り込んで、積み木を積み上げるように描かれています。

※池田学《興亡史》2006 紙にペン、インク 200×200cm 高橋コレクション  撮影:宮島径 ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

 

2-3. 「誕生」

この作品は、東日本大震災の衝撃を通して、自然とどう共存していくか、また災害からどう立ち直っていくか、が一つのテーマになっています。

「誕生」(部分)

「誕生」(部分)

最初は震災をテーマにがれきから着手(画面左下)、製作の後半は、花のモチーフを通して人間の生死を描いていきました。

チェゼン美術館の滞在制作プログラムでは、毎日午後の1時間が公開制作となり、制作中の作品や池田さんの製作風景を来場者が見学することができました。今までにないそのような環境も作品に影響を与えています。

制作期間も残り1年を切り、全体が見えてきたタイミングで池田さんがスキーで右肩を脱臼し、ペンが取れなくなるというアクシデントに見舞われました。当初は負傷してしまったことをとても悔やんだそうですが、気持ちを徐々に切り替え、やがて左手で描くことを思い立ちます。使ったことがない左手で「絵が描けない」という感覚をはじめて味わったといます。

[surfing_su_quote_ex]「不恰好だし、下手だけど、でも嫌いじゃない。 むしろワクワクしたし、ドキドキしたし、モチーフとたくさん会話したぶん、何か心に響くものがある気がする。 自分にもこういう絵が描けたという事が素直に嬉しかった。」[/surfing_su_quote_ex](池田学ブログ「マディソン日記」より)

アクシデントを前向きに捉え、毎日左手で絵を描いていくうちに、徐々に思い通りの線が描けるようなりました。出展された動物画「キリン」は、その当時左手のみで描いた作品です。徐々に右手が回復し、両手を使って描きながら、最終的に右手で仕上げました。

池田学「キリン」

池田学「キリン」(部分)©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

また、このアクシデントは、新しい発想を生み出しました。ケガの後、花を描きながら、人間の神経と木の枝の形が似ていることに気づき、そこから人間の身体と樹を重ね合わせ、枯れた木が再生して花が咲く様子に、人間が復興していく姿を重ねて描くことを思いついたのです。

「誕生」の中で左手で描いた部分。枝に神経や血管のイメージが描かれています。

「誕生」というタイトルは、作品の完成後、池田さんが自転車で美術館から自宅に帰る途中に浮かびました。生命全体の生と死、震災の悲劇から新しく生まれる時代、また自分が生まれ変わった感覚も含んでいるそうです。

※池田学《誕生》2013-2016 紙にペン、インク、透明水彩 300×400cm photography by Eric Tadsen for Chazen Museum of Art ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

※池田学《キリン》2016 紙にペン、インク 33x22cm ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery

★池田学展を更に深く楽しみたいなら……

*カタログ『池田学 the Pen』(3,996円込)は会場で購入できますが、「誕生」に関する池田学さんの詳細な解説など、観る前に読んでも楽しめます。

・リンク:佐賀県立美術館公式サイト「池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―」

 

>>>2017年『池田学展 The Pen -凝縮の宇宙-』の展覧会情報・アーティスト紹介はこちら

 

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この記事を書いた人
瀬津 由紀子

1963年東京生まれ。家業である古美術商・瀬津雅陶堂を手伝う傍ら、フリーライターとして活動。講談社、世界文化社の婦人誌を中心にインタビュー、アート、旅行などの取材、ライティングを行う。
2000年より株式会社オフィス・アイシス代表取締役。「エイルナビ」編集長

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