物に惚れる:編集長ブログ_5

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もとから、我が家では美術商の仕事は女性の仕事ではないというのが共通認識で、母でさえ商売に関わるようになったのは父が亡くなってからだったと思います。

なので、父からは、たとえば展覧会の見方のようなことでのアドバイスをもらったことはあっても、商売の話をされたことはありません。

ただ、大学卒業後に手伝うようになってから、お客様にお茶を出すときに立ち会ったり、周りの人から美術品の話を聞くようになりました。

その中で、とても印象的だったことが、その頃の愛好家と美術品の関係性。それはさながら恋愛に近く、父もよく「惚れる」という言葉を使っていました。

父の頃はショーケースに商品を並べるより、いらしたお客様に父が選んだ品を観ていただくことがほとんどで、お客様から依頼して探したものもあれば、お話しする中でお好みに合いそうと思ったものもあります。

父は美術品を出したときに、お客様が興奮されたり、感動されたりする姿を見るのが大好きでした。お客様をどうやって驚かそうと作戦を練り、相手が感動すると、いたずらっこが相手をハメたときのように、上目遣いでニヤリと嬉しそうでした。

とはいっても、見るだけで感動するというのは、よほど感性が強いお客様です。(特に物作りをしている方が多かったです)感性任せ、勢い任せのような父も、裏では品物の由来を調べたり、話を聞いたりとさまざまなリサーチをしていました。天性の“ひとたらし”な父でしたので、周りの人からもたくさん教えていただいことも合わせて、エピソードとしてお客様に伝えていました。

お客様は好きな物に対して貪欲で、実物を見る機会は外さないでどんな遠くにも行ったり、また何度も通ったりという方が多く、父の話も熱心に耳を傾けていました。

手に入れてからもまるで娘のように可愛がる方が多かったと聞いています。父は気に入っていた美術品を譲るときは「嫁に出す」と言っていたこともあり、その後の扱われ方にも心を配って、お客様の事情によっては買い戻すこともありました。

では、それほど惚れる美術品とはどのようなものでしょうか。

あたりまえのことですが、何百年前の物に保証書はありません。たとえば桃山や室町時代などのやきもの銘品の多くが、名もなき陶工が何千、何万と作った工芸品の中の一個がさまざまな人から愛されて現代に至っているもの。

もちろん、記録や土の具合などから大体の由来はわかりますが、物としての価値はというより、その時々に可愛がっていた人たちの思いが大きな価値となっている気がします。

美術品は高尚なものと思われがちですが、理解する必要はありません。ちょっといいなと思ったものがあって、それをきっかけに、ほかの美術品を見たり、由来を知ったりすることがだけでも、ものを見る目が育ち、人生を豊かにしてくれます。

まずは気になった物を見つけたら、その由来を調べてみたらいいかがでしょう。有名な物ならネット検索でも出てきます。さまざまなドラマがあって、つい時間を忘れてしまうほどですよ。

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この記事を書いた人
瀬津 由紀子

1963年東京生まれ。家業である古美術商・瀬津雅陶堂を手伝う傍ら、フリーライターとして活動。講談社、世界文化社の婦人誌を中心にインタビュー、アート、旅行などの取材、ライティングを行う。
2000年より株式会社オフィス・アイシス代表取締役。「エイルナビ」編集長

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