ステイホームで気付いたこと:編集長ブログ_4

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全国的に緊急事態宣言が解除され、みなさんの暮らしぶりに変化はあったでしょうか?

私は、本来家にいるのが好きで、仕事もオンラインが中心ですから、もともと自粛生活していたようなもの。ただ、新型コロナ流行前は、それに若干の後ろめたさも感じていたので、自粛生活が始まった当初は「え?いいの?こんな家にいて……」とむしろ嬉しいぐらいで。ステイホームを呼びかける広告で、「辛くても……」とか「寂しくても……」とか言われても、「いえ、逆にシアワセなんですけど……」と一人呟いている日々でした。

そうしたら、最近のTwitterを見ていると、緊急事態解除されても、6割ぐらいの会社員さんがテレワークの継続を希望してるとか。コロナの不安もあるでしょうが、満員の通勤電車、難しい社内の人間関係や環境、拘束時間の長い会議……などから、1ヶ月半から2ヶ月離れてしまったら、もとの身体には戻れない……というツイートに共感しながら、なんだか自分の生き方が認められたような嬉しさを感じてしまいました。

そして、医療従事者や生活周りのお仕事など、リアルに働く自分にはできないことをしてくださる方々いるからこそ、自分のような生活が成り立つことに感謝を忘れないようにしたいと思っています。

 

さて、今回ブログを書き始めたのも、実はStayHomeのおかげです。見かけによらず、もともと身体はそれほど強くないのですが、二拠点生活をしていると貯まった疲れが抜けないまま、目の前のことをこなすことが精一杯な毎日になっていました。

特に6年前に母が倒れて、2017年に急逝し、実家を処分し、昨年3回忌が終わるまでの間は、なんだか自分も入院したりもあったりで、本当に必死。そのまま止まることもできないで、ゆっくりとした時間を持つことができませんでした。今思えば独り身だし、もっと自由にゆっくりしても良かったよなと思いつつ、何かやらねばという自分の中の思い込みもあって、ただ忙しくしていたように思います。

特に二拠点生活だと、数日の出張ではなく週単位で生活が変わるため、どうしても思考が中断してしまい、仕事でなかなか結果を出せないジレンマをずっと抱えていました。今回、何年ぶりかで移動のない数ヶ月を過ごすことができ、改めて何がしたいか考える中で、思いついたのがこのブログです。

骨董屋の娘、というのは、なかなか貴重な体験をしてきたなと、この年齢になって思っています。ただ、記憶とは恐ろしいもので、母が亡くなったとき、“人がいなくなると、関わるほとんどの物に意味がなくなる”という体感をしました。

母はもともと物が捨てられない人だったし、自分で整理する前に病気に倒れてしまったので、亡くなった当初クローゼットには30年以上前からの洋服が100着以上残っていましたし、着物も同様です。(母のためにおことわりしますが、もともとあまり着る物にこだわる人ではなかったのが、一番活躍していた時代がバブルだったり、定期的な仕事の茶会があったりと、とにかく物入りな人生だったのです)ただ、急逝だったので、残された物の由来も価値もまったくわからなくて、片付け始めた当初は途方に暮れました。

物だけでなく、母の人生自体も波乱に富んでいて、世界各地で美術的にも歴史的にも貴重な体験をしていました。子供の立場で聞いても、凄いと思っていたので、フリーライターをしていた頃に「お母さんもその体験を書いておいきなよ」と何度か言ったのですが、「面倒くさいからいや」とか、「お父さんもあなたも物書きだから、私はいいわ」とか言われて、記録はほとんど残っていません。

父は本も出しているし、取材記事もあったりで、思い出すこともできるのですが、母に関しては、印象的に感じた呟きぐらいしか残っていないのが実情です。なので、あくまでも自分の立場から見た仕事のことや両親のことなど、残していきたいと思っています。

もちろん、エイルナビ編集部の裏話もお届けしますね。引き続き、よろしくお願いします♪

 

※予想外に母の話が出てきたので、追善茶会でのお花の写真です。

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この記事を書いた人
瀬津 由紀子

1963年東京生まれ。家業である古美術商・瀬津雅陶堂を手伝う傍ら、フリーライターとして活動。講談社、世界文化社の婦人誌を中心にインタビュー、アート、旅行などの取材、ライティングを行う。
2000年より株式会社オフィス・アイシス代表取締役。「エイルナビ」編集長

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