東京ミッドタウンにあるサントリー美術館。新型コロナの影響で、リニューアルオープン記念展のスタートが2020年5月から7月に延期されましたが、その後順調に1期「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」、2期「日本美術の裏の裏」と開催され、3期目の本展がいよいよ今月末までとなりました。
最近の展覧会に増えてきた、撮影OKでSNS投稿も歓迎の展覧会ということで、ただ観るだけから一歩進んだ楽しみ方ができます。
今回、設計や展示などで瀨津雅陶堂とも関わりが深い設計デザイナーの尾崎文雄さんが、会場のデザインチームに参加したと知り、そのお話を伺うことができました。
サントリー美術館所蔵作品の代表作が揃った展覧会で、さまざまなポイントからの見どころをご紹介します。
※掲載作品はすべてサントリー美術館の所蔵品です。
1.サントリー美術館について
1961年、サントリーの二代目社長・佐治敬三氏が、「生活の中の美」を基本理念として開館したサントリー美術館。当初の丸ノ内パレスビルから1975年に赤坂のサントリービルに移転。サントリー東京支社の移転に伴って一時休館後、2007年に東京ミッドタウンのスタートと同時に新しいサントリー美術館として開館しました。
2019年にリニューアルのため一時休館。耐震性の強化やLED照明への変更に伴い、エントランスデザインなども一新され昨年リニューアル・オープンとなったのです。
2.『美を結ぶ。美をひらく。』展について
2-1.タイトルが意味すること
東京ミッドタウンに移転開館して以来「美を結ぶ。美をひらく。」をミュージアムメッセージに掲げ活動しているサントリー美術館。その意味は、
古いものと新しいものが時代の枠組みを越えて結びつく。東洋と西洋、国や民族といった文化の境界にとらわれず結びつき、新しい美が生まれる。このように異なるものが結び、ひらくことは美術の本質であり、絶えることのない交流の中で今なお魅力的な作品が生み出されています。(プレスリリースより)
とのことです。今回は、リニューアル記念展の最終回であり、ミュージアムメッセージをタイトルとした本展では、サントリー美術館のコレクション中、江戸時代から1900年パリ万博までの300年間の作品を中心に、古伊万里、鍋島、紅型、和ガラス、浮世絵、ガレという6つのストーリーで紹介しています。
2-2.展覧会のつくり手の思い
設計デザイナーの尾崎文雄さんから、今回の展覧会に関して伺いました。
「今回の展覧会は、開幕から遡って一年以上前から、学芸員を筆頭にデザイナーから施工業者までの全てのメンバーが集まって議論した成果です。
主任学芸員の安河内幸絵さんから伺ったのは、“時代や国・文化の異なるもの同士が結びつき、誕生した新しい美や、誰かの情熱がきっかけとなって花開いた新しい美を見せる展覧会なので、作品が目新しく見える(=今までとは違った魅力が発揮される)展示空間にしたい。かつ、会場全体に統一感があって洗練された空間にしたい”という担当学芸チームの強い思いです。
それに基づき、学芸チームと設計チーム(グラフィックスのデザイナー、ライティングの専門家、造作工事、ほか)で議論しながら形にしていきました。作業する中で、コロナ禍の時代にコレクションの重要性を問う展覧会になったような実感があります。コメントが鑑賞の一助になれば嬉しいです」

1957年、横浜市出身。1981年、早稲田大学理工学部建築学科卒業後、日本設計にて設計および都市再開発業務に携わる。退社後、MIHO MUSEUM北館展示室の設計に参加。1999年、Studio REGALOを設立。作品展示を中心とするコンサルティング、展覧会デザインや作品展示のライティングなどを手がける。
3.『美を結ぶ。美をひらく。』展の見どころ
会場に入るとまず正面に見えるのが、サントリー美術館を代表する銘品2点。左から「藍色ちろり」(江戸時代 18世紀)、「色絵花鳥文六角壺」(江戸時代 17世紀)。

多岐にわたるサントリー美術館のコレクションを、一体のものとして表現できるように考えました。造作が目立たぬようにモノトーン(ここでは銀色)で統一しています。背景の屏風は第三章で取り上げられる紅型の鳳凰と山並みから新たに作ったものです。(裏面がネガ仕様)
3-1.ヨーロッパも魅了された古伊万里
“つなぐ”というテーマということで、6つのストーリーはそれぞれ、海外で人気のある日本の美意識に通じています。そのStory 1.は古伊万里。ショーケースのガラス、照明、作品数とも、とても見やすく、特にテーブル形の台座で作品が浮いて見えるのがユニーク。人気の色絵女人形は、ショーケースで360度観ることができました。

古伊万里と鍋島のコーナーは、サントリー美術館の選りすぐりの陶磁器で構成されており、特に間合い(間隔)に苦心しました。
3−2.将軍家への献上で研ぎ澄まされた鍋島
Story 2.は、日本磁器の最高峰とも言われる鍋島。華やかな作品が多い作品を「円の中のレイアウト」「ゴージャスな青」「墨弾き(技法)の美」という切り口で紹介しています。墨弾きを使った雲雷文大皿の展示では、鍋島の特徴である“櫛高台”もよく見えました。
鍋島コーナーから紅型コーナーに向かう仕切りには丸窓。青い世界から赤の世界への橋渡し。
3-3.東アジア文化が溶け込んだ琉球の紅型
Story 3.は、琉球の染め物である紅型と、その型紙。20点以上の紅型の色や柄に気持ちも華やぎます。私が面白かったのは、型紙。特に浮かせてシルエットで柄を見せる展示が素敵です。(ファイバー照明を使っているそうです)

紅型エリアは、鍋島と照明を変え、紅型にふさわしい低い色温度で暖かな感じの光に調整しました。展示室右手※には紅型の型紙をレイアウトした大型グラフィックス壁を背景に設けました。※下画像では左半分
3-4.西洋への憧れが生んだ和ガラス
順路に従い、吹き抜けの階段を下りて、下階のStory 4.和ガラスへ。左手にはスポットで動画が流れています。この見下ろす感じ、好きですね♪

和ガラスエリアは、ケースの配置を綿密に検討して結晶のような空間としました。ケースに合わせ、天井からの照明の位置を正確に割り出して設置しています。
有名な薩摩切子の鉢は、30年以上前に拝見して以来の懐かしい再会です。こちらも360度観ることができるので、いろいろな角度から表情が楽しめました。
3-5.東西文化が結びついた江戸・明治の浮世絵
海外で人気と言えば、まさにstory.5の浮世絵。中でも、超有名な歌麿と広重が観られる贅沢な空間です。広重の“旅人留女”……表情が可愛くって、つい笑ってしまいました。
一方の歌麿は、ぱっと見て色使いなど地味な印象があるのですが、じっくり観ると繊細な筆遣いがまさに“洒脱”。観れば観るほどジワる作品です。

歌麿が展示してあるケースでは、作品の空摺という方法で浮き出された模様をよく認識できるように、展示台と位置とライティングを調整しました。版画の主題に応じて展示台のクロスも細かく変えています。
3-6.異文化を独自の表現に昇華したガレ
浮世絵に続くstory6.エミール・ガレのガラス作品。ガレは日本製ではありませんが、そのデザインの源泉にジャポニズムがあります。
サントリー美術館のガレのコレクションは有名ですが、その中でも銘品とされている作品が一同に介している豪華なエリア。
ここでも、作品の点数を絞り込んでいて、緻密に計算された陳列でとても見やすく、またユニークな体験ができました。

ガレのガラスの表情を出す、微妙なライティング調整をしています。家具展示では、ケースの中で木の象嵌がよく見えるような展示にしました。
ユニークな体験というのは、この展覧会で許されている撮影のこと。実際に観ると、作品の色や模様はここまで見えません。横から見たら胴体しか見えなかったトンボの羽が、下から撮ったら浮かび上がってきました。
特に最後の新収蔵品、壺「風景」は、カタログを見る前だったので、撮影してみたらあまりに鮮やかな色にびっくりしました。いずれもライティングの成せる技ですね。

壺「風景」は、新収蔵品ということで特別の趣向を凝らし、作品の示す木立の空間で作品に向き合うような印象的な空間としました。白く細い紐状のストリングカーテンを空間の仕切りとして各所で使い、会場全体で仕切りと見通しの良さを両立させていますが、ここでは林立する円柱状の室礼に使っています。
4.展覧会周りのお楽しみ
会場を出ると、すぐ右側に『カフェ 加賀麩不室屋』があります。金沢の老舗のお麩屋さんのカフェ、お汁粉は白玉そっくりのお麩。小豆もとても美味しかったです。真ん中もお麩で甘辛でした。
出口左側のミュージアムショップは、オリジナルなグッズも多く、見どころがあります。
私はカタログを購入。これもいろいろな意外があって、帰ってから楽しめました。
大きさのコンパクトさはもとより、手に取ってみたら軽い!
展覧会のカタログというと、重いのが悩みだったので驚きました。軽いといっても、質が悪いわけではありません。ややマットで色のりの良い上質な紙を使っていて、こだわりがあります。
またレイアウトがファッション誌のようで、内容もわかりやすくキャッチーで、今までのカタログのイメージが変わりました。(私自身本造りをしたことがあるので、ちょっとマニアックに楽しんでしまいました)※カタログは、オンラインショップでも購入可能です。
5.まとめ:これからの時代の新たな展覧会
サントリー美術館は、学生時代から美術商の父のお供で展覧会に伺ったり、30年以上前にライターとして取材させていただいたこともありましたが、記憶にあるのは赤坂の頃。その後、東京を離れていたこともあり、東京ミッドタウンにすら来たことがありませんでした。
今回東京ミッドタウンでのリニューアルを終え、設計も含めてさまざまな趣向を凝らされた展覧会を拝見し、少なからず衝撃に近い感動を覚えました。ひとことで言えば、今の時代に合った進化を遂げた展覧会とでもいうのでしょうか。
サントリー美術館を代表する作品群は、自分にとって見知った作品も多かったのですが、それが最新の展示で今までにない表情を見せているのです。
更に、自分で撮影できたり、発信できたり。また、カタログも内容だけでなく、フォントの使い方からレイアウトまで、読みやすく、親しみやすいとこだわり満載。
美術館側、作品、鑑賞者が、一緒に遊んでいるようなワクワク感を味わえる展覧会でした。まだの方はもとより、一度行かれた方も、違う視点からゼヒ体験してみてください。
追記:新型コロナの感染対策も徹底しています。検温や手指の消毒に加え、鑑賞中は会話禁止。そのせいか、私が行った時は一人で来られている方が多く、ゆっくり静かに鑑賞できました。
その時に見かけたのが、鑑賞に夢中になってマスクから鼻が出てしまった年配男性。気付いた警備員さんが、小さな声でさりげなく声掛けして、すぐに気付いた男性が笑顔で直していたのも微笑ましかったです。
作品や展示に加え、スタッフの皆さんのホスピタリティも徹底していて、心地よい雰囲気の中でアートを堪能できました。
美を結ぶ。美をひらく。
美の交流が生んだ6つの物語
■会場
サントリー美術館 Suntory Museum of Art
〒107-8643
東京都港区赤坂9-7-4
東京ミッドタウン ガレリア3階
TEL:03-3479-8600
■会期
2020年12月16日(水)~2021年2月28日(日)
■開館時間
10:00~18:00
※いずれも入館は閉館の30分前まで
■休館日
火曜日
※ただし、2月23日(祭日)は18時まで開館
※本展ではショップ、カフェも休館日は休業
■入館料
一般 当日 ¥1,500
大学・高校生 当日 ¥1,000
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
※オンラインチケット購入あり